001 出会い

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 そう声をかけると、父親はオルシアに中に入るように示した。病院から何人か大人が駆け出してきて、急いで物を中へ運び始める。子どものオルシアが出来ることは少ない。父親に促されるままに、玄関へ戻る。すでに雨は強く、オルシアの肩はびっしょりと濡れていた。 「オルシア!」  しかし戸を閉めようとしたその時、ぎりぎりで、オルシアを呼ぶ声が聞こえた。聞こえる筈のない声だ。彼は不審に思う。父親は勿論、父の病院で勤める誰もが、この村に住む誰もが、彼の名前を呼ばない。――二日前に出会った、『彼』を除いては。  早く戸を閉じて、と顔をしかめる大人を押しのけて、オルシアは再び外に出た。広場の上空にだけ、もう一段、薄い雨雲が重なっているように見えた。その雨粒が、彼の肩を叩く――しかし。 「濡れない……」 「オルシア!」  再び、青年がオルシアの名前を呼んだ。 「どうしてここが?」 「鏡を追いかけてきただけだ」  言って、青年はオルシアの肩をひしとつかんだ。 「オルシア、お前、何回呪文を唱えた」 「え?」 「一回や二回じゃないな、そうとう何度も呼んだんじゃないのか。ヴェンニと」 「えっと……」  思い出せ、とゆすられて、オルシアは考えこんだ。何度か。何度も。心の中で、呼んだかもしれない。オルシアは首肯した。 「くそ、ヴェンニは古来の術式だ。意味をたいして掴んでいないお前でも使えたんだろう」 「あの、つまり?」 「呼ばれて、来ている」 「なにが?」 「なにかが」  青年は振り返り、雷鳴轟く東の方向を見つめた。もはや、彼の気脈である雨雲など些細な存在だった。ただ巨大な兎だけが、やはり異様に、青年の傍に座り込んでいた。
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