10人が本棚に入れています
本棚に追加
兎と青年、四つの瞳がオルシアを見た。
「なにを呼んだ?」
分かりません、とオルシアは答えるしかなかった。
青年は何事かを叫び、それを合図に巨兎が雨雲の方へ駆け出した。何かの魔法を使ったのだろう、とオルシアには分かった。
「おい、そいつは誰だ」
父と、何人かの大人が、十歩ほど離れたところからオルシアたちを窺っていた。小さな村だ、知らない人間――それもこれほど目立つ服装の者がいれば、一目でわかる。
「この人は」
不審な人ではない、と示すためにオルシアは口を開いたが、青年はそれを早々に制した。そして言った。
「呪いだ」
「なにを」
「この村に術士はいるか」
そう言って、彼は腰元から一本の杖を引き抜き、掲げた。
杖先から、蚕のような糸が出でた。糸はいかにもか弱いさまに見えるのに、どうしてか雨に負けず、蛇のように宙でうねる。それは少しずつ円弧を描き、あっけとして眺めているうちに、葉や、蔦が、くるくると繭のかたちに絡まっていく。それは柔らかくも美しい工芸品に見えた。
数十秒もすると、彼の頭上には立派な白い紋章が浮かんでいた。わずかに発光している。仕上げのように、糸から巨大な蝶が一匹出でて、紋章の中央に座した。
緑の魔術士だ、と誰かが呟くのが聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!