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オルシアの定位置は、村の西方にある小高い丘だった。そこは黒い鉱石で出来ていて、歩きづらいうえに植生もわるいので、人が少ない。遊びたい子供たちは南の原っぱに行くし、猟のしたい男たちは東の森へ入る。だから、ここにはオルシアしかいなかった。いつもなら。
――誰だろう。
日課の読書でもしようと、数冊の本を抱えて、一本だけ生えている鉱石の木の下へ来た。数時間ここで本とともに時間を潰し、門限ぎりぎりに家にすべりこむ予定だった。そうすることが、家の平穏に繋がるとオルシアは理解していたので。
しかしその日、木の下には先客がいた。もちろん、そこはオルシアの特等席というわけではないのだが、しかしこの三年ほど、ここで人を見たことはなかった。オルシアは驚いて、彼をよくよく見つめた。そこにいるのは男だった。
まず、奇妙な服装が目に入る。裾が、とんでもなく長かった。顔立ちや表情は全体的に気だるげで、とうてい人がよさそうには見えない。しかし、瞳だけは明るい琥珀色をしていた。なぜだか、話しかけても構わないような気がした。村にこんな大人がいただろうか?
「……だれ?」
男――若かった。青年、と呼べる――は、質問にすぐには答えず、足元の黒石を手に取った。丘は、この黒い、大人の拳大ほどの石の連合軍で出来ていた。禍々しいと嫌われることも多い。
「魔術士」
青年はようやく、短く、そう答えて、パン! と石を二つに割った。オルシアにはそれが、どうしようもなく格好よく見えた。
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