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礼儀。そういえば、名乗っていなかった、と思い出す。
おずおずと、彼の隣に立った。
「オルシアといいます」
「……なんて?」
「オルシア・カーボナイトと」
「いや、違う。名前を聞いているんじゃない。術士相手に名乗ってはならないと、教えてくれる大人はいなかったの?」
オルシアは首を振った。聞いたこともなかった。
――いや、他の子どもたちには教えられていたのだ。これは学校で習うような「知識」ではない。門限前には帰ってこいとか、悪い大人に飴をもらってもついてはいくなというような、愛あふれる「忠告」だ。そしてオルシアに忠告してくれる大人はいなかった。オルシアの父親も含めて。
「学がないのではなく、愛されていないのか。救われないな」
青年は笑うようにそう言って、オルシアの抱えるたくさんの本を見た。本のあたりを――見たように思った。
「お腹がすいてるのか」
「どうして分かるの?」
「そりゃ、分かるさ。ほら」
青年は鞄の奥からパンを取り出した。家に帰れば晩飯があるが、その前に少しでも食べられるのは嬉しかった。このバーサイドという国では特段珍しくないが、村は貧しかった。オルシアは毎日三食(量が少なかったとしても)食べられるだけ、相当に裕福だといえた。
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