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青年は少し考え込むように、少しの間黙っていたが、すぐに首を振ってオルシアのほうを見た。パチン、と青年が指を弾くと、兎の耳と降雨は、すっと消えた。たった今見たものがとうてい信じられなくて、さらに言えば現実感もなかった。あまりにあっけなく、幻影は現れ、そして消えた。
「ここの石は脈を吸い取るんだな。これは助かる」
「石が?」
「そう。お前、毎日ここにいるんだろう。だから、ここ一帯こんなことになってる」
「こんなことって?」
「分からないのか? ……いや、分からないよな」
青年は少しだけ――これは、ひょっとすると気のせいかもしれないが――哀れむようにオルシアを見た。オルシアは、蔑まれることや邪険にされることはあっても、哀れまれたことがそれまでなかったので、そのときの青年の表情をうまく解釈できなかった。
青年は再びぱちんと指を弾く。突然、手鏡が槍のような鋭さとスピードで、上空から、落ちた。彼はそれを右手で受け止める。やけに装飾の豪勢な鏡だった。蔦の形状にあしらわれた美しい彫り。青年は、それをしっかりと受け止めた――受け止めたくせに――二秒後、その手で鏡を地面に打ち捨てた。
危ないと叫ぶ猶予もなく、鏡は岩地に刺さる。
「あの、これは……」
「鏡の木。おまえの気脈はこうだ」
青年がそう言うあいだ、地面に刺さった鏡は植物のように、ぐんぐんと大きく育っていた。持ち手は、いまや立派な大木の幹であった。物が、育つ。ほんとうに魔法なのだ。
「どこを見てる。ここだ」
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