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「りっせさーん」
午後になると呑気な鉄平の声が毎日のように染色室に響くようになったのは、その翌日から。
「お、鉄平ちゃん。三浦ちゃんなら標本室だよ」
鉄平は持ち前の人懐っこさで、年配の技師達にもあっさりと受け入れられていた。
その一方で寺岡が苛立っているのが、理世にもビリビリと伝わってくる。
ルーチンワークが終われば、理世は標本整理や翌日の準備で標本室にいることが多い。そしてその標本室は、人気が少なく、スライドガラスを仕舞うための棚が並んでいて、更にL字型をしているから、奥にさえ入ってしまえば本当に人目につかない。言ってしまえば、逢瀬には持ってこいの場所だった。
少なくとも、今までは。
「理世さん」
標本室の入口でふにゃっと表情を崩した鉄平の傍らを、足早に去っていく白衣の背中を眺めて、理世は息をついた。
別れたい。そう思うようになってから、理世は寺岡と外での接点を極力絶っていた。もちろん、家の前で待っていられた事もあるし、病院を出るなり捕まることもあったけれど、理世としては、なるべく会わないように心がけていた。
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