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手首を掴もうと伸びてきた手を理世が振り払った拍子、その手は棚にぶつかって、ガタンッと思いの外大きな音を立てた。
恐らく、痛かったのだろう。苛立ちが微かに滲む眼差しに理世がたじろいだその一瞬、ズラリと小さな引き出しが並ぶその棚に理世の手首は縫い止められ、唇は塞がれた。
抗いたい。そう思っているはずなのに、酸素を求めた理世の唇から零れ落ちた声は、拒みたい気持ちとは裏腹に甘やかだった。
「寺岡先生いませんでしたか? 迅速届いたんですけど……」
開け放たれたままだった標本室ドアから、術中迅速診断の検体が届いたことを知らせる受付担当の原田の声が聞こえてきて、理世の唇は漸く解放された。
そして、力の抜けた理世の耳には、そっと静かに呪いの言葉が注ぎ込まれる。
「理世、愛してるよ」
歩き去っていく足音を聞きながら、棚を背にしゃがみ込んだ理世は、ぐっと唇を噛んだ。
流されない。
絶対に別れる。
そう決意したはずなのに、会うと寺岡の強引さに勝てない。
囁かれる言葉に、どうしても心は浮足立ってしまう。
どうしたらいいんだろう? ため息混じりに視線を上にずらした理世は、息を飲んだ。
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