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天気予報を見事に覆し、ミラノは朝から雨だった。
世界中から人が訪れる街。中心地のそこかしこには有名ブランドの看板が掲げられている。トップを競うファッション・ブランドが軒を連ねる、ミラノが誇る豪勢なガレリアから歩いて数分の場所にある高級ホテルのロビーで、ルカ――いや、今は「アルマン・カディオ」は座っていた。
自社のスーツに身を包んだ彼は、衆目を惹く。もちろん彼の名に気付くものも少なくないが、そうでない者も、隙なく整えられた大人の出で立ちに目を奪われた。決して華美ではない控えめな色合いではあるが、彼からは滲み出る何かがあったのである。
多くの視線に、アルマンは興味を示さない。ただ億劫そうに、人を待っていた。
十分ほどそうしていただろう。回転扉の向こうにその待ち人を見つけ、アルマンは緩慢に立ち上がる。向かってくる男は、雨に濡れていた。
アルマンと同じように、上から下まで洗練された格好をして。
「……久しいな、アルマン」
「お互いできればあと十年は会いたくなかったな、ヴェネリオ・サクラーティ」
憎らしげに寄せられた眉間の皺は、お互い様だった。
ヴェネリオは四十代前半の、これも整った顔立ちをした男である。栗色の髪は短いながらも緩いウェーブを描き、アッシュゴールドの瞳は長い睫に飾られている。決して若くはないが、誰かを魅了する美貌の持ち主、と表現しても差し支えはない程度に。
パリの「カディオ」と争うミラノのトップ・ブランド、「サクラーティ」の現社長。
平均的な身長の彼は、長身のアルマンを睨み上げる。
その挑戦的な視線に、アルマンは、面影を見た。
「――私生児がいるな、ヴェネリオ?」
ほとんど唇を動かさず、アルマンはヴェネリオの耳元で囁いた。
鋭く、息を呑む音。
正面からその表情を窺ったアルマンは、そこに確かな動揺を感じ取る。分かり切っていた反応だ。それは事実であるという自信がアルマンにはあったのだから。
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