6. 傘に隠れて(1)

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 ルカに捕まってから、一か月ほどは経っていただろうか。ネロは初めて、シャワールーム以外の場所に連れられた。拘束具もなく、小綺麗な服装――「カディオ」の製品に身を包み、ルカの案内で階段を下りる。  そこには海があった。ルカの船が停泊するガレージ。  乗るように促され、キャビンに入る。大きくはない。ヴェネツィアの運河を往く、個人用の船。  ネロの目の前に広がるのは、海と同化する運河。 「船酔いはするか?」 「しない……」  操縦席に座ったルカは一度だけネロを振り返り、にやりと笑ってエンジンを入れた。  波を生み、風を切りながら、船は進む。  徐々にスピードを上げながら景色を流す窓の外。雨で視界は悪いが、それはネロが久方ぶりに感じる匂いだった。キャビンの中だけでは足りず、ネロはおずおずと、操縦席に近付いた。流石に怒られるか、機嫌を損ねてこのまま戻られたりしたら嫌だ。そんなことを思いながらキャビンから顔を覗かせると、それに気付いたルカは少し驚いたような顔をしながらも、自分の隣の席をぽんと叩いた。  何も触るなよ、と言う。ネロは大人しく頷いて、ルカの隣に収まった。  許してもらえるとは思わなかった。礼を言おうかどうしようか迷ってルカの表情を窺い見る。そんなネロの仕草に、ルカは頬を緩ませた。 「お前を監禁していた男だぞ?」 「……そうだった」  ネロはそう言って、ふいと顔を背ける。しかしすぐに顔を戻して、「何で外に出してくれるの」と訊いた。 「お前が行きたいと言ったんだろう。気が変わったなら戻るが?」 「か、変わってない! 行きたい……。でも、あんた、俺を監禁してたのに」 「ああ、そうしておく理由がなくなったからな」  何でもないことのように。  ネロはそれ以上、訊くのをやめた。もともとこの男とは話が噛み合いそうにないと思っている。どんなに優しく振る舞われたとしても、この男は監禁者で、シャワーの度に淫らな悪戯をしてくる変態なんだと自分に言い聞かせた。礼を言う道理なんて無い。  目的地までは、十五分ほどで着いた。
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