6. 傘に隠れて(1)

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 一つの、島。聳え立つのは、白い聖堂。  そこは教会しかない島だった。観光地でもある。水上バスの停車駅、しかし今日は悪天候であり、時間も夕刻に差しかかろうという頃合い。観光客の姿は少なかった。ルカは自分の船を船着き場の端につけ、ネロの手を引いて島に降りた。船に置いてあった古い傘を持って。  そうして、ネロに傘を渡して、手を離す。  ネロが振り返ると、ルカは自分のコートに手を入れて、「好きに行け。後ろを歩くから」と言った。  唐突に与えられた自由に戸惑って、ネロは傘を差してゆっくり歩きながら何度も振り返ったが、ルカは言葉通り後ろを歩いてくるだけだった。傘を持たないルカは雨に濡れている。高そうなコートが濡れる申し訳なさは少しあったが、ネロはぷるぷると首を振る。気遣いなんて、する必要ない。  早足に教会の入り口まで行って、逃げ込むように中に入った。  息を、吐く。  そこはネロの記憶通りに壮麗で、優美。ほとんどシンメトリーの作りで、白く巨大な柱が何本も等間隔で立ち並び、入る者を奥へと誘っている。白の空間。高い天井から吊り下がる灯。壁際には宗教画と彫刻が並ぶ。  ちらほらと観光客の姿はあったが、誰もかれも口を閉ざして、そこは静寂に包まれてた。ぶるりと身体が震える感覚。初めてここに来た時と、同じ。  ネロは後ろにルカがいることも忘れて、ふらふらと前に進んだ。奥のパイプオルガン、その上の天使を見つめながら、一つ唾を飲み込む。長椅子の端にすとんと腰を下ろして、暫く呆けたようにそれを見上げていた。  すっと心が軽くなる。それは不思議な感覚だった。  ルカは自分のコートの水滴を払いながら、肩から力の抜けたネロの背中を見守った。行きたいところ、と訊いてここの名が返ってきたことは意外だったが、何か思い入れがあるのだろうと想像する。ネロの視線を追って天使を見たが、信仰心に乏しいルカには特に心打たれるものはなかった。壮麗な建築物だとは思うが、壁の絵などは何を示しているのかさっぱりだ。  立ちっぱなしも何だし座るか、と適当な長椅子に腰かけようとする。すると唐突にネロが振り返り、さっきルカがやってみせたように、自分の隣をぽんと叩いた。  誘いに従い、ルカはネロの隣に腰かける。 「……ここ、フランコがよく話してくれた場所なんだ」  ネロはぽつりと呟いた。
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