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「ここが一番好きだって言ってた。だから、ミラノから逃げてきた時、一番にここに来た。フランコが待っててくれてるような気がして……。馬鹿だよね」
「いいや? あながち間違いでもない」
自嘲気味に言葉を吐いたネロだったが、続いたルカの言葉に、怪訝そうに顔を上げる。ルカは肩を竦めた。
「場所には思い出がある。思い出は人生だ。故人の影を追うのなら、生前のそいつの言動を辿るのが一番。もっとも、残された方にも思い出が無ければ不可能だ。そういう意味では、お前は誰よりも託されていたとも言える」
「……何の話?」
「フランコ・サクラーティだろう?」
ルカは、笑っていた。
来い、と言って立ち上がった彼を、ネロは慌てて追う。早足に教会を出ようとするので、コートの裾を掴んで引き止めた。何処に行くのと不安げに訊いた。まだ帰りたくない、そう続けようとして、ルカの笑顔に止められる。
「いいものを見せてやろう。こっちだ」
そのまま外に出たルカに、ネロは急いで傘を広げた。腕を伸ばして、ルカを入れる。
二人は寄り添い合って歩き、船着き場を通り過ぎ、教会の裏手に回った。一応は順路の看板が出ているが、観光客など一人もいない。傘を叩く雨の音だけが響く中、ルカが進む方向へ、ネロは傘を差し続けた。
教会の裏には庭があったが、そこはフェンスに塞がれていて立ち入り禁止だ。道はあるが、何があるとも思えない。事務所らしき建物があるだけだ。やがて辿り着いたその建物の前で、ネロは「行き止まりだよ」と言う。しかしルカは得意げに笑って、懐に手を入れた。
出て来たのは、黒革のキーケース。
「扉は鍵があれば開く」
そう言って選び出した一つの鍵は、確かに、その建物の扉を開けた。
驚くネロに構わず、ルカはどんどん奥へと入ってしまう。傘の水滴を急いで払って、ネロは早足でその背を追う。その建物に人がいる気配はなく、電気も点いていなかった。ひやりとした空気に少しの不気味さを感じて、ネロはルカの腕を掴んだ。見下ろしてくる笑顔に腹を立てながらも。
裏口から一度外へ出て、接続された庭の奥にある倉庫に向かった。また傘を開こうとするネロから傘を奪い取って、今度はルカが差してやる。倉庫に辿り着くともう一度鍵を取り出して、最後の扉を開く。
その先に広がった光景に、ネロは思わず感嘆の声を漏らした。
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