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広い空間に、所狭しと置かれた絵画、彫刻。
埃対策で布を被っていたが、そのシルエットは薄暗がりに浮かび上がる。ルカが一番近くのものに被されていた布を取り払った。そこにあったのは、美しいヴェネツィアの海と街並みを描いた、見事な絵画だった。
ネロは思わず目を奪われる。
「すごい……」
風の音、潮の匂い、海鳥の声。全てが聞こえてきそうなほどに、鮮明な風景画。その絵の端に残されたサインを目で追って、ネロは目を見開いた。
「フランコ……?」
「そう。あいつの作品だ」
ルカは全てを知っている口調で、頷いた。
「ここにあるものは全て、あいつが生涯をかけて生み出した芸術品たちだ。学生時代のものから、晩年まで。全てここに詰まっている。何物にも代えがたい、フランコの遺産」
「遺産……。まさか、」
「ふふ、そうだ。強欲なお前の親族たちが、逃げたお前を捕らえてまで聞き出そうとした遺産の在処がここだ。まあ、お前の親父は薄々勘付いていたようだがな」
呆然とするネロの前で、ルカは声を立てて笑った。今ばかりは無防備な黒猫の頬を両手で包み込んで、穏やかに笑いかける。
「お前の親父も、親族の奴らも。誰もここを知らない。フランコの思い出がこの町にあることすらも、な。だがお前は知っていた。この場所でフランコを想った。だから、これは全てお前のものだ」
「俺の……」
ネロはそう繰り返して、自分の頬に当てられたルカの手に触れた。皺のある手。フランコのことを、ここではいっそう強く、思い出す。
しかしネロは俯いた。
「……俺を監禁しておく理由がなくなったって言ったのは、ここを見つけたから?」
「いいや、私はずっと前からここを知っていた。お前を捕らえる前からな」
「じゃあ何で俺を……、いや、何でここをあんたが知ってたの……?」
当然の疑問だ。ネロのアッシュゴールドの瞳は子どものように丸まって、純粋に答えを求める色を帯びた。その表情が酷く幼く見えて、ルカはまた笑う。
知っていたのさ、と楽しそうに。
「フランコと私は親友だった。ここヴェネツィアで出会ってから、五十年以上の付き合いだ」
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