6. 傘に隠れて(1)

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 飛び出した予想外の言葉に、ネロは思考を止める。  フランコと、ルカが親友。そんな話は一度も聞いたことがない。しかし、すぐに思い出す。フランコが持って来てくれる話はいつもファッションの話か、そうでなければ今日食べた昼食が美味しかっただの珍しい鳥を見ただの、昔行った場所だのという本当に取り留めのない話ばかりで、自分の交友関係については一つも口にしなかった。後で適当なファッション雑誌でネロが知ったことだが、フランコは兄弟仲がそれほど良くなく、親族関係にはいつも頭を悩ませていたらしい。複雑な、面倒な話を、ネロにしないようにと、またネロが興味を持たないようにと、意図的に話さなかったのだろう。  だけど、一つだけ聞いたことがある。  ヴェネツィアでは、素晴らしい出会いがあった、と。  ルカはネロの頬から名残惜しそうにしながらも指を離し、手を取って、奥へと歩ませる。 「私はこの町の出身でな。旅行に来たフランコと出会ったのは偶然だった。あの芸術脳とは絶望的なまでに話は合わなかったが不思議と気は合って、気付けば親友だ。ほら」  一つの絵画の前にネロを立たせ、布を取り払う。  そこに描かれていたのは、運河の傍でタバコをふかす一人の青年の姿だった。  若い頃の私だ、とルカは言う。  確かに、なんとなくその横顔には、面影があるように見えた。 「あいつは何度もヴェネツィアを訪れたし、私もミラノに行った。あいつが死ぬまで仲良くしていたんだぞ? だから、私は遺言を受け取った」 「遺言……?」 「ああ。〝屋敷に可愛くも哀れな少年を残してしまう。少し泣き虫なところはあるが強かな子だ、いずれあの屋敷を抜け出すだろう。その時はいろいろと助けてやってくれ。〟とな。まあ、お前が逃げ出すのが予想以上に早くて、助けようにもまず見つけるのに手間取ってしまったんだが」  遺言を受け取った時には、もうネロは屋敷を飛び出して行方を眩ませていた。行き先が長く分からなかったのは、すぐに追えたはずのヴェネリオが何の捜査もしなかったからだという。ルカがネロの居場所を探り始めたのは、少なくとも脱走から一か月が経った頃だった。
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