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そうは言っても、八年。
ネロは顔を変えたわけでも名を変えたわけでもない。ただ普通に成長し、適当な男に金を出させながら暮らしていた。お目溢しが無かったわけがない。
答えの続きを求める瞳に負けて、ルカは肩を竦めた。
「そりゃもちろん、見つけていたさ。だがお前はここで自由に暮らしていた。自分の持ち得る全てを利用して、強かにな。だから余計な干渉はしまいと思っていたんだが……。お前の強欲で愚鈍な親族連中が、遺産の存在を妄信して本格的にお前を捕らえようとヴェネツィアをうろつき始めたんでな」
「だから、俺を……、〝匿った〟?」
皮肉めいた言葉だ。
一か月以上も外に出さず、両手足を拘束して、時には性的な悪戯を仕掛ける。そんな「親切」がどこにあろうか。
幾分穏やかな顔をしていたルカはにやりと口角を上げる。
「そう睨むなよ。確かに、お前を監禁したのは私の趣味だ」
「趣味って」
「性癖と言い換えても構わん。だが、私が突然現れて〝匿ってやるから来い〟と言ったところで、信用したか? ああでもしないとお前はすぐに外の世界に身を躍らせて、不埒な腕に攫われてしまうと思ったんだ。乱暴にしたのは謝る。お前の弱った顔が想像以上にそそったんで、つい」
親指でそっと目元をなぞられて、ネロは唇をへの字に曲げた。しかしその指を拒むことはせず、倉庫の中を見回した。
あるのは、フランコの遺産。ネロにとっては素晴らしいものだ。フランコの思い出の集大成。弾む声で話してくれた、鬱々とした気分を晴らしてくれた、フランコが見た美しい世界。
「……この場所を、ヴェネリオに教えたの?」
ネロの声は、少し沈んだ。
サクラーティが自分を探していたのは、ここの場所を吐かせるため。ルカは、やり方はどうあれその手からネロを匿った。
監禁しておく必要がなくなった――、その理由としてネロが考え付いたのはそれだった。兄弟の遺産を狙うような私利私欲の塊がそう簡単に諦めるとは思えない。ルカはミラノに行ってヴェネリオに会ったと言っていた。ならばその時に、何かしらの話を付けたに違いない。
ネロの伏せられた睫毛に、ルカは衝動で指を伸ばす。
上向かせた顔は、はっとするほどに麗しかった。
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