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「あんたは悪人だ。俺は騙されない」
「悪い男に惹かれたりしないか?」
「そこまで破滅的じゃないよ。俺はね、優しい方が好き」
涙で濡れた唇の端を、ちょっとだけ吊り上げて見せた。
「今だって泣かされてる。ね、俺の雨を止ませられるの? 〝パリの雨男〟さん……」
細められた瞳は挑戦的だった。
ルカは綺麗に半月を描く柔らかな唇に、熱を込めたキスをした。拒まれはしない。ネロはその瞬間まで目を開けていたが、やがて静かに閉じて、その口付けを受け入れた。
唇を離した時、二人は互いの瞳を覗き合う。
「雨を連れるのは性分だ。だからその度にお前に傘を傾けよう。お前を隠す傘を……。生憎と諦めが悪い男でね。覚悟をしてくれ、私の愛しい黒猫」
「……あんたのじゃないし」
口では可愛げなく拒みながら。
しかしその表情は柔らかく蕩けていた。
絵画の中に刻まれた、幼い少年の寝顔のように。
外はまだ雨模様で、二人は傘を差して船に戻った。
触れ合う指は、傘に隠れて。
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