8. 我が愛しの黒猫

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 その日もパリは見事に雨だった。  自らの事務所で雑誌の取材に答えたルカは、記者を帰した後の部屋で大きく伸びをした。座りっぱなしで柄にもないことを口走るだけの仕事は嫌いだった。しかし商魂だけは立派にあるので、適当な仮面を被って見せる。  ルカは溜め息を吐きながら眉間を揉んだ。  そこに入ってくる、美しい青年――。 「仕事中のあんたって本当に別人みたいだよね、ルカ」 「そうだろう、これでも努力はしているんだ。それで? 疲れたご主人様を癒しに来てくれたのか?」 「やめて。また秘書さんに怒られる」  ルカの隣に座ろうとしたネロは、尻に伸びてくる手をぱしんと叩き落とした。そのままふんと鼻を鳴らしながらもルカの隣に収まると、さっきまで取材に来ていた記者が置いていった今までの雑誌を手に取った。  表紙を飾るモデルが身につけているのは、ルカの、いや、アルマンのブランド「カディオ」。ここでのルカは、アルマン・カディオだ。パリが誇る世界のトップ・ブランドをプロデュースする敏腕社長。  めげずにネロの腰を抱き寄せるのは、間違いなく「ルカ」だが。  ネロはぺらぺらと雑誌をめくり、目当ての記事に辿り着いた。それは以前にルカが取材に答えた時のもので、鮮明な写真も載っている。ネロはその輪郭を丁寧になぞる。 「これだけ見たら色男だよ」 「実物が目の前にいるんだが?」 「あんたはただの好色家だろ」  腰に貼り付く手を引き剥がし、ネロは脚を組みかえるついでにルカを軽く蹴った。生意気な脚だ、とルカは悪態を吐きつつも満更でもなさそうに笑っている。  ネロがヴェネツィアからパリに移って、一ヶ月が経とうとしていた。
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