8. 我が愛しの黒猫

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 最初の内は噛み合わないこともネロの機嫌が急激に傾いたまま戻って来ないこともままあったが、だんだんと手懐け方を覚えたルカが巧みに宥めすかして何とかまだ手元に置いている。ネロはかなりの気分屋で、目を離すとふらふらと何処かに消えたり、かと思えばぴったりくっついてきたりと、毎日予想できない距離感でルカを翻弄した。もう一度首輪を付けてやろうかと思ったくらいだ。しかし意気揚々とパリの街に繰り出して、きらきら輝く瞳で帰ってくる姿を見てしまうと、束縛など到底できなくなる。  二人はルカの広いアパルトメントで一緒に暮らしているが、学校も仕事もないネロがあまりにも一人で街に繰り出し女からも男からも声を掛けられるのがルカの不安の種になったために、少しもしない内にネロは「カディオ」の事務所を自由に歩き回って良いことになった。社内ならば少しは目が届くし、何よりネロのセンスは「サクラーティ」の元社長であるフランコ譲り。気儘に顔を出しては企画中の商品について鋭い意見を発するのだ、おまけに男女を虜にする美貌、社員から人気を集めるのも容易だった。  今も、ルカが次の仕事があると言って立ち上がるのを、自然な動作で追ってくる。 「新作のコート、さっき試作品を見たよ。色がちょっと派手じゃない?」 「来年はあの色が流行なんだ。お前には似合うと思うがな」 「俺は何を着ても似合うでしょ。〝カディオ〟のメイン客層にはって話」 「ふふ、その通りだ」  ひょいと隣に並んだネロの腰を、また抱き寄せる。そのままこめかみに押し付けるようなキスをすると、ネロは身を捩って逃げようとした。それは逞しい腕に阻まれて、ますます距離を詰められてしまう。廊下ですれ違う社員たちが、微笑ましそうに通り過ぎていった。二人の仲はすでに社内公認だ。ルカが所かまわずネロを抱き寄せてキスを落とすのだから当然だ。 「離して。気分じゃない」 「今日はご機嫌斜めなのか? お前の機嫌が良くなる話でもしようか?」 「……一応聞く」  ルカはネロのために一つのドアを開けてやると、中へ入るように促した。そこは社内に幾つかある会議室の一つで、中にはデザイナー担当としてネロも知っている女性たちが揃っていた。  数体用意されたマネキンたちは、皆もう衣装を纏っている。
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