8. 我が愛しの黒猫

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 ルカはイタリアの地方に一つ邸宅を構えているが、そこは専ら別荘兼倉庫のような用途になっていて、本宅はパリの事務所近くにあるアパルトマンだ。結婚経験もなく一人暮らしを続けてきたルカにとって、家は自分だけの城。綺麗なバスルームと広いベッド、連れ帰った女を一人満足させられればそれでいい空間だ。金は有り余るほど持っているが、アパルトマンはごく平均的な広さのものだった。  そこに、今はネロと二人で暮らしている。手狭なことはなく、寧ろぴったり収まるくらいで丁度いい。  シャワーを浴び終えたネロはバスローブ姿で大きなベッドに飛び込んだ。この家に、ベッドは一つ。ルカと一緒に使う。先にシャワーを浴びて仕事の残りを片付けていたルカは、ベッドに転がるネロの無邪気さに苦笑した。ぱたぱたと動かされるしなやかな脚に惹かれて、仕事も放りだしてネロに覆い被さる。キスしてもいいか、と訊いた。いいよ、と返事。  唇を重ねると、ネロは積極的に舌を絡めてくる。愛らしい反応に上機嫌になって、するりとバスローブの隙間から手を差し入れて太腿を撫でた。  すると長い脚が鞭のように、ルカを蹴る。 「……いいと言ったじゃないか」 「気分が変わった」 「ふふ、悪戯猫め」  こんな戯れはよくあることだった。ネロはすぐに脚が出る。ぱしぱしと蹴られることを、ルカが楽しんでいる節もあるから問題は無い。飛んできた太腿を捕まえてさっとバスローブをはだけさせると、ネロは露出させられた下肢ににやりと笑いながら「変態」とルカを罵った。ここまで来てしまえば、もうネロがいくら気が変わったと言って暴れても逃がしてはもらえない。  ルカはもう一度ネロの唇を情熱的に食むと、そのまま首筋と鎖骨に軽くキスを落とした。いつものように痕を付けられなかったのでネロが不思議そうな顔をすると、ルカは肩を竦めて「お前は大事なモデルだからな」と言った。  その分、愛撫は殊更に丁寧に。陶器を撫でるように扱われ、ネロは小さな嬌声を漏らしながらその手を止めた。 「なんだ、今さら止めないぞ」 「ん、いいよ今日は最後までシて……。けどその前に、今さらなことを聞こうかと思って」  少し、真剣に。 「なんで〝アルマン・カディオ〟なんて偽名使って、イタリアじゃなくてフランスに?」
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