8. 我が愛しの黒猫

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「本当に今さらだな。まあ、そうか、話していなかったか。〝アルマン・カディオ〟はもともとフランコの偽名だ」  対するルカは大して気負った様子もない。 「あいつがフランスで道楽の個展を開いた時の名前だ。ああ、じゃあこっちも知らんか。フランコの遺言で私に大量のデザイン案が寄越されてな、これで会社を作ってくれと随分無茶な要求をされた。仕方がないからまあ供養と思って作ってやったが、派手好きのあいつのシニア向けデザインは腹が立つほどに微妙でな。自分が作った会社が鳴かず飛ばずじゃ悔しいだろう? だから私が手を加えたら今度は驚くほど売れたんで、三年もやれば畳もうと思っていた会社が今じゃこの有り様だ。それが〝カディオ〟だ」  ネロは目をまん丸にしていた。ぽかんとした顔があまりにも可愛いので、ルカは無防備な額や頬にここぞとばかりにキスをする。ネロはそれを慌てて振り払って、勝手に話を終わらせて続きに入ろうとするルカを渾身の力で押し返した。 「ま、待って、〝カディオ〟が最近できたっていうのは知ってたけど、フランコの遺言で作った会社なの?」 「そうだ。遺言で頼まれて断るのも気が引けてな。なあ、もう我慢できない」 「そんな簡単に……。ん、じゃあ、あんたはそれまで何の仕事してたわけ?」  不埒な指はすでにネロの柔肌を堪能しようと這わされている。お預けを食らわされたルカは唇を尖らせていたが、その問いにじわりと笑んだ。  野性的な笑みが、ネロの身体の芯を震わせる。圧倒的な捕食者に組み敷かれて、牙を向けられているような感覚。  縛られるのも支配されるのも嫌い。  だけど剥き出しの欲を向けられるのは、悪くない。 「好奇心は……、と何処かの国では言うらしいが。聞きたいか、可愛い黒猫ちゃん?」  ルカの身体を押し返していた手首を捕らわれたネロは、苦々しく、ちろと舌を出して見せた。 「――〝あんたの〟、ね」 fine.
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