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小さい頃、彼女は音楽の中心にいた。自由に童謡を歌い、好きなアイドルの振り付けを見よう見まねで踊る。音楽は、彼女のすぐそばで鳴っていた。
まあ、なんて声! あなたの歌は人を不幸にするわね!
その一言で、音楽は聞こえなくなった。
*****
黒板に記された文字に絶句していた。それはまるで、悪夢のようだった。
指揮者 和平ルカ
無理だ、と言ったはずだ。それがなんだ。大地の推薦に、みんな乗っちゃって。断れなくなっちゃったじゃないか。
「じゃー、二組は伴奏・川口愛奈さん、指揮者・和平(かずひら)ルカさんで。お願いしますね」
「はい、みんな、拍手!!!」
合唱委員の草木栄太の言葉に、担任の飛鳥峰子が続けて言った。飛鳥は数学教師で、ルカのクラス担任である。そんな飛鳥の要らない台詞のせいで、教室に盛大に拍手が響き渡る。
いやいやいや、私そんなキャラじゃないし!! とは、今さら言えない。もう、ルカも承諾してしまったのだ。一度首を縦に振ってしまった以上、後戻りはできない。中学最後の文化祭が、こんなことになろうとは。
市立杜留(とどめ)中学校の文化祭「白鷺祭」では、合唱コンクールを行う。学年ごとの最優秀賞、優秀賞を決め、さらに一年生から三年生までの全クラスの中から総合最優秀賞、総合優秀賞を決めるのだ。
そんな合唱コンクールの指揮者に選ばれてしまった。もう、何年も音楽を遠ざけてきたルカが。今までの合唱コンクールも、小学校の卒業式の合唱も、口パクでやり過ごしてきたルカが。
帰ろうと駐輪場の自転車に手をかけた時、後悔が押し寄せた。もっと強く拒否すれば良かった。
「わっ!」
思わず「ひゃあっ!」と叫んでしまう。突然、後ろから凄まじい音がした。………いや、声だ。後ろから、耳元で、鼓膜を破らんばかりの声がした。
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