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そんな当たり前のことに気づいて、柔らかい空気が戻った。タイミングを見計らったかのように、チャイムが鳴り響く。
もう山端はピンクグレープフルーツのようだった。自転車のスタンドを上げると、「お疲れ」という声が聞こえた。
「柚生(ゆずき)」
声の主は高遠柚生。昨年も、同じクラスだった。
「指揮者、どう?」
ルカは困ったように笑った。
「まあまあ、かな」
そう答えるのが精一杯だった。本当はまだ音楽を遠ざけていたかったし、音楽をまとめる役に迷いがある。その状態で、ポジティブな回答はできなかった。
「そっか。まあ、これからだもんね!」
「うん」
「じゃあね」
柚生とは校門で別れる。柚生は少し遠めの地区から通っていて、バス通学なのだ。そこから通っている者は少ない。
「杜留中学校前」というバス停に向かいかけて、柚生は振り返った。
「文化祭、歩夢ちゃん、来てくれるといいね!」
その名前に、一瞬心が揺らいだ。
――坂下歩夢。彼女は、幼稚園時代からの幼馴染みだった。中学一年まではよく一緒に行動していた――が、部活内のいざこざに巻き込まれ、昨年から不登校になってしまった。彼女は、ルカが音楽の中心にいた頃を知る唯一の存在だった。
彼女のピアノに歌を乗せるのは楽しかったな、と今でも思う。けれど、ルカがあの瞬間から歌うことをやめ、彼女が不登校になった今、それはできない。
歩夢が不登校になるまでは、3人で昼食を食べたり遊びに行ったりすることもあった。ルカ、歩夢、柚生が今年度同じクラスなのは、学校側の配慮なのだろう。
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