キク十四歳秋

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 俺は名前も知らないその女に尋ねた。 「俺がさ、テニス部の村上と付き合ってんの知ってるよな」  女はニッコリ頷く。不細工ではない。サオリに負けず劣らず派手なメイクだが、その分厚い唇が魅力的だった。 「知ってるよ。あのガリ勉、キクくんと付き合うために、ばいきん女に近付いて。やること汚いよねー」  ばいきん女ってのはサオリのことであろうか。    村上やサオリのことを、ぼろっかすに言うこの女が気に入らなかった。なのに気がつけば、トモヤんちの離れで、俺はこの名前も知らない女の胸とか揉んでいた。そして気がつけば抱いていた。  不思議なことに、村上の顔は脳裏に浮かばない。ことが終わり、すっかり興が冷める俺。 「帰るわ」  トモヤに一言告げて離れを出る俺。 「することして、やった後は冷たいんだな。キクは」  けらけら笑いおどけるトモヤをぶん殴ってしまいたかった。大丈夫、切れた唇が痛いからキスだけはしていない。……何が大丈夫な物か。  これが村上に対する裏切りなんだってわかっている。あの飛翔する鳥みたくし自由に飛んだつもりが、ただただ流されただけだった。村上の顔は浮かばなかった。浮かんだのはサオリ顔だった。   
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