キク十歳

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ぴんぽーん ぴんぽーん。  白熱するランナー一二塁の九回表、二つのインターホンが、手に汗握る俺を現実に引き戻す。マイクもカメラもスピーカーも付いてない集合市営住宅のインターホン。仕方なく俺は立ち上がり、玄関の扉を開ける。 「夜分すいません。先日三階に引っ越してきた、品川と申します。よろしくお願い致します」  玄関を開けるとうちの母親とは大違いな品の良さ気な婦人と少女の親子連れがいた。生憎母親は留守なんです。俺がそう言うと、引っ越し蕎麦ならぬ、粗品の石鹸セットを手渡してきた。  品川婦人に手を繋がれ、後ろで大人しくしている髪を二つ縛りにした少女は、俺を恨めしそうに睨む。まるで世を呪い、万物を否定するような鋭い眼差しだ。 「サオリもご挨拶なさい」  母親に言われ少女はムスッとしたまま、ぼそぼそと『よろしく』と嫌々ながら挨拶をする。 「俺はキクって言うんだ。本田(ほんだ)菊(きく)。こちらこそ宜しく」  これが品川(しながわ)沙織(さおり)との出会いだ。
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