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店長にとって唯一誤算だったのは、私が流行中の新刊や、映画化されて増版中の話題作には見向きもせず、マイペースに好き勝手な本を選ぶことくらいだろう。私は読書好きではあるのだが、人に勧められた本を読むことは滅多になく、自分の読みたい本を、読みたい時に読むといったスタイルを好む。途中、彼がそれとなく私に本の注文を付けようとする動きを見せたものの、私は断固としてこれを拒否。しばらく、水面下の小競り合いが繰り広げられた末、ただ働きで促販ポスターの制作要員が手に入るという下心から生まれた掲示板の一角は、二ヶ月と持たず私の城となった。
とはいえ、店長が私の横暴を許すのには、いわゆるサービス残業──もっとも、私は趣味でやっているだけなので、お互いに合意のうえではあるのだが──に対する私への後ろめたさは別として、彼の側にもそれなりのメリットがあったからだ。
私には、「本を選ぶ」才能があった。
本を買う時、私はまず本棚の前をぶらぶら歩く。そして目に留まった本を手に取り、買う。
ただの、それだけ。
文庫本の裏表紙にある作品のあらすじや、カバーのそでにある著者のプロフィールなどは一切見ず、己の直感に従ってレジに向かうのである。それなのに、なぜか私の読んだ本は、程なくしてドラマや映画になり、話題作として店頭に並ぶことが多いのだ。ほかにも、読了後にそれが直木賞作家の著作の一つであったり、一部では隠れた名作として名高い作品の一つであったりすることに気付くというのも珍しくない。
──とか言っちゃってさぁ、たまたまでしょ、ねぇ?
一体どうして分かるのかと、そう聞いておきながら素直に答えてみればこの反応である。彼は未だに信じようとはしていない。それどころか、いつかの私の話を歪曲して、ことあるごとにからかいの種にする始末だ。彼の言うところの「本の呼ぶ声が聞こえる」というのは、正しくは本の前を通り過ぎる際、まるで誰かに声を掛けられたかのような気がして目をやると、本の背表紙が蛍光ペンでマークされているかのごとく、目に飛び込んでくるという意味なのだった。
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