3/5
前へ
/20ページ
次へ
 一方、薄れていく記憶を懸命に辿りつつ、最後の最後で、主人公は彼女を思い出すことに成功する。  ──もう二度と君を忘れない。  ──約束だ、どんな時もずっと傍にいる。  ──だからどうか、どうか消えないでくれ。  彼の伸ばした手は、届かなかった。彼女は泣き笑いを浮かべると、彼に感謝の言葉を呟き、校舎の屋上から身を投げる。主人公はこの世でただ一人、彼女を憶えている人間となった。  その後主人公は、訪れる者のいない墓の前で何度も謝り続ける。「それ」は、彼女によく似た容姿と、彼女によく似た声を持っていた。「それ」は、いつも彼の背後から現れ、彼を責める。あの時自分が彼女を忘れなければ、彼女は死ななかった。彼女が死んだのは、自分のせいなのだと。気付けば彼もまた、自らの虚構に囚われてしまっていたのだ。あの日伸ばした手の先で、遠ざかってゆく彼女の姿がスローモーションのように、何度もフラッシュ・バックする。瞼の裏に焼き付いた記憶は、彼の時間感覚を狂わせてしまった。彼が彼女のことを思い出す度に、時計の秒針は動きを止める。世界が一秒を数える間、彼には百秒にも千秒にも及ぶ時が流れてゆく。  静止した街を、彼だけが歩いている。行き交う雑踏の中で、ひとり。  “誰にも認識できない”時の隙間。彼はそこに亡き少女の面影を見た。  彼は今、彼女と同じ景色を見ているのだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加