世のなかあんま舐めんほうがええで

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世のなかあんま舐めんほうがええで

 左腕のカシオで時間を確認する──五分前にそうした五分後の時刻が知れただけだった。 「依頼者(クライアント)のお帰りだ。俺たちも引きあげよう」  先輩調査員の小林がいう。 「たぶんこれ、妄想案件ですよね」  あたりに目を配りながら自宅へ入っていく依頼者をフロントガラス越しに眺めるおれ。小林もたぶん、そうしている。 「だとしても俺たちには関係ない。そうだろ、秋山」 「金さえ払ってもらえればってやつですか」  小林は頷くと素通しの眼鏡を外し、中目黒駅(なかめ)でいいのかと聞いてきた。 「戻らないんですか、事務所」 「たまには家でゆっくり風呂に浸かりたい。所長にはそういった」  同郷で同い年の所長と小林の間に肩書きほどの主従関係はない。『いった』ということはつまり『そうする』という意味だ。 「お前の直帰許可も取ってある。報告書(レポート)はメールでいいそうだ」 「明日は」 「午前中に連絡する」
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