予兆

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「…とは言っても、遠心分離機で悪い精子は自然と弾き出されますから、奇形が全く無いとは言い切れませんけどね。でも元々質の悪い人の精子は分離器にかけても、それは酷い様ですよ」 「へぇ…そうなんですね」 藪中はそう小さく発し頷くと、私の動きをジッと見つめてくるのだ。 精子を届けたら御役目御免だというのに、まだ何か用があるのだろうか?何故か一向に部屋から出て行こうとしないのだ。 取引きを交わしたとは言え、藪中が研究室に長く滞在する事はあまりよろしくない。 それこそ矢木に、私たちの接触が見つかれば面倒な話でもあるし、今から行う実験内容を彼に見せるつもりもないのだ。 「ちょっと、いつまで居る気ですか?早く出て行って下さい。また明日頼みますよ」 毎日吐精させるのは些か気が引けるが、とにかく色んな状態や濃度で試してみたいのだ。 貰える分だけ貰えたら有り難い。すると藪中は「あ…」と小さく声を発する。 「すみません。明日はちょっと…」 藪中が申し訳無さそうに口にした。 「え?あぁ…もしかしてお休みですか?」 「はい。明日は藪中グループの創立記念も兼ねたレセプションパーティーがあって…朝から会社の方が忙しくて出所出来そうにないんです」 「そうですか。そういう事なら構いませんよ。まぁ、三日間連続で出して頂きましたし、量も足りるでしょうから…また休み明けにでも頂けたら助かります」 それは致し方無いと私も納得した。取りあえず精子は三日分あるので充分だと考えた。 私は頭を軽く下げ、会話終了の合図を出しては、藪中が出ていくのを待つのだが…やはり彼は止まったままだった。 「それはそうと、ちょっと話がありまして…」 「―――話?」 準備していた手を止め振り返ったところで、先程のように密着とは言わないが、またしても藪中が接近してきた。そんな彼の表情は何時に無く真剣だった。
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