訳ありの三十路オメガ

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逸らしたいのに、逸らせない。まるで呪縛にかかったかのように――。 「――藪中路成と申します。今日から短期間ではありますが、矢木室長の元でお世話になります。どうぞ、よろしくお願い致します」 そう言い(こうべ)を深く下げられた。 丁寧な言葉と、謙虚な姿勢ではあるが、そこには聞いていた通り「アルファ」としての自信に溢れかえっているようだった。 隠そうとしても隠しきれない、そんなところなのかもしれない。 だって、彼は決して傲慢の鎧など着ていない。そう心で直感したからだ。 綺麗にお辞儀するその姿から育ちが良い事がわかる。 でも、やはり…どこか圧倒的で、全てを服従させるようなオーラが半端無く漂っていた。 抗えない…そう無意識化で悟っていた。 そうか…これが本当のアルファかと――。 冴嶋センター長なんて比にもならない。 今まで間近で接する機会はあまり無かったが、明らかに違うのだ。 嫌悪に似た感情が込み上げてくる。身体中の血が、細胞が騒ぎ出すのがわかった。 それは自身が「オメガ」だからだろうか? わからない。 けれど…これは絶対発情なんかじゃない。先に述べた通り、明らかな嫌悪だ。 その気持ちを露呈し、眼鏡越しに冷たい目を送ると、再び藪中と視線がかち合った。 彼は口角を上げ、紳士的に笑って見せる。 まるで全てを見透かすような、優しくも鋭い瞳で私を見据えながら…。 ただ、ゾッとした。冷たい汗が背を伝うのがわかった。 これが私と…アルファ中のアルファである藪中路成との出会いだった――。
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