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夜も十時を過ぎた理研内は不気味な静けさに包まれ、残業で残っている所員はこの棟にはおらず、どの研究室も消灯していた。
非常灯のみが点灯した廊下は、藪中に手の施しをした月夜より寒く、夜空には月どころか星すらも一切見えない真っ黒な夜の雲に覆われていた。
それが余計に視界を悪くさせているのだろう。私は一歩一歩、ゆっくりと暗い廊下を歩き進んでいた。
あの鳴り響いた電話の相手は、予想した通り矢木だった。
『―――高城君?是非面白い話をしないか?』と――。
応対した矢先に、矢木は笑いを交えながら言った。笑った事で彼の鼻息が受話器越しに響いた時は不快感極まりなかった。
『面白い…話?ですって…?』
警戒心以外にない。この男から面白い話なんて絶対に有り得ないのだ。
『そうだ…。今夜十時、私の研究室へ一人で来てくれたまえ。―――宮本を守りたかったらな』
「―――っ!」
放たれた一言はまるで警告のように聞こえた。
「―――最悪だ…」
電話でのやり取りを振り返りながら呟く。
この後、矢木は一体何を私に話そうとしているのか頭の中でシュミレーションする。
しかし、今の状況で打開策を練っても、いい案が全く思い浮かばない。
矢木と直接対峙し、面白い話とやらを聞いた上で対応を判断しなければと、売られた喧嘩は買うとの意気込みで私は矢木の研究室の前で足を止めた。
薄暗いライトの光りが擦りガラス越しで確認出来、矢木が居ると思うだけで、怒りや不安の感情が激しく渦巻き始めた。
(――よし…行こう)
意を決したところで、扉を静かにノックすると「入りたまえ」との声が室内から発せられ、私はゆっくりと扉を開けた。
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