狂気

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廊下から響く冴嶋と矢木、二人の声が次第に遠ざかり小さくなる。 室内は突然嵐が去ったかのようにシンと静まり返った。 (…一体……何で…) 頭の中が酷く混乱している。何がどうなったのだと整理する。 とにかく冴嶋と矢木の二人は、これから世界化学機構から厳しい処罰を受けた上で、化学者としての道は閉ざされる事になるとわかった。日本理研を取り巻く環境も体制も大きく変わるのだろう。現にそう言っていたのだから。 「っ…み、宮本…室…っ」 けれど、もう一度ちゃんと聞きたいと、私は座ったままの姿勢で、藪中のジャケットを手繰りよせながら宮本室長を呼ぼうと声を上げる。 「……ん?」 呼び掛けに宮本室長は振り返り、優しく目を細めていた。 「あっ…」 呼び方に少し躊躇ってしまっていた。思考が絡む中で気付いたのは、先程センター長に就任決定しているという事を聞き、彼を「室長」と呼ぶのは違うのではないかと思ったからだ。 (センター長って…それって…) 目の前にいる宮本室長が、理研のトップに君臨するという事実に、いまいち実感が湧かなかった。 勿論今までは、彼に是が非でも副センター長に就いてもらいたいとの意気込みで、研究の発展や、この腐った理研の体質を少しでも変えていければと思っていた。 それがどうだ。久々に現れたこの上司は、副センター長どころか、理研をセンター長の立場で指揮するというのだ。 嬉しい気持ち以上に、驚きしかなかった。 「――じゃあ、僕はもう一度アメリカに飛ぶから、悪いけど藪中さん、高城君を頼んだよ」 「…えっ!?」 そんな私を余所に宮本室長は足早に出て行こうと扉まで駆けだした。 「ま、待って下さいっ!」 呼び止めると宮本室長は足を急停止させ、そのまま方向転換し私の元へやってきては頭を深く下げた。 「ごめんね…高城君。もっと早くに連絡すべきだと思ったけど、とにかくあっちは改正の件で慌ただしくてね。情報も今朝解禁になったんだ…本当にすまない」 真摯に謝る姿からして、アメリカで目まぐるしく変わる状況に対応し、処理に追われていたと伺う事が出来た。 「っ…本当ですよ…っ!私がどれだけ大変だったか…!」 色々事が起こり過ぎて大変だったのは本当だ。苛立ちが募る。けれどそれよりも宮本室長に会えた安堵感の方が大きかった。
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