ブラックホールの先には

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 田坂にはある疑念があった。あの日の由香里の声が耳について離れない。田坂の家に、一本の電話がかかってきた。由香里であった。由香里は泣きながら田坂に訴えた。父親に酷いことをされたと。  田坂はにわかに信じられなかった。由香里の父親は、とても温厚な人で、周りからも好かれており世話好きで、どんな面倒なことも進んで引き受けてくれるような人物であったからだ。大方、父親に叱られて泣いて電話してきたのだろうと思った。  痛いことをされた、という言葉がどうも引っかかった。叩かれたのなら叩かれたと言うだろう。ところが彼女は痛いことをされたと訴えたのだ。田坂が成長するにつれ、その言葉の意味のおぞましさに、何度もその想像を打ち消してきたのだ。  田坂は呼ばれた家に着くと、軽くクラクションを鳴らした。その家から、杖をついて老人がよろよろとタクシーに乗り込んで来た。 「隣町のM病院までお願いね。」 「はい、承知しました。」 田坂は、ゆっくりと車を発進させた。しばらく車を走らせて、田坂はおもむろに客に話しかけた。 「ブラックホールって知ってます?」 突然の問いかけに、老人は怪訝な顔をバックミラーに向けた。 「はあ、知っておるが。宇宙の果てに存在すると考えられてる天体だろう?」 「ブラックホールに吸い込まれた人間は押しつぶされて死ぬって言われてるでしょう?」 「ああ、そんな話を聞いたことあるな。」     
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