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「俺は愛してやれる幸せを当たり前にしかけていたのかもしれない。こうして愛するものを腕に抱けることは有り難いことなんだ」
腰を屈め、湧き続ける薄い玉へ口づけるかのような静かさで、月白は呂色の言葉に重ねる。
「それでいい。当たり前で良いのだ。呂色が私を愛することが当たり前でなくなる時はこない。私はそれを当たり前にしておくように生きるのだから」
けぶる中に透ける疑いない君臨者の、見慣れぬ上気した肌や濡れ張りつく着物に、戻った体はぞくりと猛る。
腰から砕けてしまいそうなほどの愛しさに、たまらず呂色は首まで飛び上がって抱きついた。
ばしゃーんと大きな音で温水が荒れ、飛び込んできた水鬼がどうにか抱えてそこから引き上げる。
「月白は無敵かと思っていたが、こんなやわい温水に負けるのか」
手から出した水でぐったりと赤くなった月白を冷ましてやる水鬼は、困ったように顔をしかめながらしいっと口の前に指を立てた。
「わしでも浸かれん温水に飛び込むほど呂色殿を探しておったということじゃ。鳥や魚ならまだいいが、光や風にはなってくれんよう頼むぞ。月白様の今一番の弱点は言うまでもないからの」
あの夜は腑抜けて月を眺めていたのかと、強い男の弱さを愛しく撫で、撫でてやれる自分の手も大事に撫でた。
自分の体でひととき本当に一緒になれたふたりは幸せだっただろうか。
傍で愛しさを腕に抱いていられる今の自分と同じくらいの幸せを感じさせてやれただろうか。
「俺はこれを当たり前でいよう。透けるような玉でなく、この体で愛を見せ続けるぞ」
耳元でそう言ってやると、月白は薄く目を開け呂色を映した。
「男に二言はないな。今宵が楽しみだ」
意味が違うと慌てる呂色達を見ながら、水鬼はうんざりしたようなため息をつき頭をかく。
本当はそれが安堵のため息だと知っているかに温水の湯気は優しく包んで、ふわり空の方へ上がっていった。
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