庭の棺桶

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 今日も今日とて、愛しさゆえに敵わない君主に翻弄されていた。  そんなのはもういつものことなのだが、どうして澄んだ目で真面目に小首を傾げる時ほどこいつはまともなことを言わないのかと返事に困っていると、また水鬼を無駄に煩わせて作らせたその桶へ入れられてしまいそうになる。 「だから、こういうのに入るのは死んだ奴か漬物と相場が決まってるんだ。俺をたくあんにでもしたいのか」 「ちょうどの呂色桶であろう。相変わらず水鬼の器用さに並ぶ者はない」 「あぁそうだな。いや、それはそうだが、とにかく着物を体に巻いたまま入るもんじゃない。風呂にはお前だって浸かっていた頃があるだろ」    月白の曲がらないわがままへ観念すべきか、双方の沽券に掛けて断固と拒否すべきか、決めかねていた迷いの隙が悪かった。  結局着物のまま桶へ沈められてしまい、呂色の立つ体の腰よりすこし上あたりまでになるぬくい湯と衣がまとわりついてくる。 「良い加減だろう。…思いだしてみれば、私は昔から風呂と言うのは苦手だったような気がするな」
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