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温かい水を冷ます為の入れ物をと月白が命じた時に、水鬼が『風呂』と口にしたことで呂色にも思いだされた。
しかし、出来たそうだと呼ばれて見てみれば、どうみても大きな漬物樽、思ったままに正しく言えば座棺でしかなかった。
流石かつては地獄にその名を轟かした鬼の造るものと感心したのは本当だが、入れられるのが自分とあっては心中穏やかでない。
入ってしまえばこれはこれで気持ちが良いのも、居心地悪かった。
「そういえば、村が干上がる前までは、ちょうど寝床にしてた寺のそばにあった川に、温かい水の湧くところがあったな。俺は極まれに腹がくちくなるほど食えた日だけそこへ入った。お前は知らないだろうが…、腹が空いている時に何かに浸かると余計腹が減るんだ」
もう空かない腹だからこそ安心して語れる。
足先から、そんないつかの日とは違う満足が滲み上がってきて、胸の中まで温めた。
「そうか。それは、呂色の幸であったか」
「あぁ、そうだ。確かにあれは間違いなく幸だった…」
苦しいばかりに埋もれさせてしまっていたものを、今こうしてひとつずつ拾って磨けることも幸だと、湯をすくう。
冷ますのに水鬼がたっぷりと搾り入れたのだろう香油がまろやかにしていて、ここまで濡れれば同じかと、とうとう着物のまま自分から肩まで沈んだ。
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