庭の棺桶

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「濡れた着物に透ける呂色でも楽しみたかった」    体に張りついて、すっかり隠す役に立たなくなっているらしい着物の上から、月白の指は外れなく胸元の凝りを悪戯に掻いた。 「…そんなことだろうと思ったんだ。外では河原の虫もまだ日を浴びてるんだぞ。日の高いうちから風呂に浸かって。まさに放蕩だ。水鬼も呆れる」 「水鬼は私をよく知っている。大切な者へは我を失いがちになることもな」    湯に居るまま、着物の上からゆっくり撫でられていると、どこに手が動いているのかわからないようになる。  湯と衣が手伝い、手が幾本にもなって体中をくすぐるのだ。  肩へ湯をかけてくれるついでにするりと撫で滑り、いつまでも流れ伝う湯と同じようなことを繰り返す月白に、呂色はたまらず言った。 「ん…っ、おい、もう俺も脱がせろ」    桶の外にせっかく裸体の月白がしゃがんでいるのに、湯の中で膝を抱えて手から湯を受けるばかりでは物足りない。  じれったく、濡れた衣の上から胸元を時折掠められるだけでも、惚れた男に尾を振る体は勝手に敏感さを高め、息を浅く早くさせた。 「なんだ。さっきは脱ぎたくないと言っただろう」    もうひと掻き髪を後ろに撫でつけて、また集まってきていた湯気を吹き分ける息が頬へかかり、甘い花の香りを強くさせた。 「さっきはさっきだ。後ろのことをごちゃごちゃ言うな」    とりあえずそろそろ口を吸って欲しくて我慢ならなくなり、呂色は湯から抜いた腕を月白の首へ回そうとした。  するりと月白は湯気に隠れ、また反対側から湯気を散らした息が呂色の頬に掛かる。 「濡れたくない」 「なんだと? 風呂は濡れるもんだ。濡れてこそ風呂だ」 「そうか。だからあまり好きではなかったんだろう」    濡れた手でいくら追いかけても月白は掴めず、呂色は半ばうっとりと色めきかけていたことも忘れて両手に漉くった湯を桶の外へ下手な鉄砲のごとくまき散らした。
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