第六章 飛翔せしもの

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 右に左にと、スプリングか何か軟らかい物体のように人混みをすり抜けて行く虎蔵じいさん。  なんか歌舞伎の役者さんや日本舞踊の名人の優雅な舞いにも見える。  周りの人達はその動きに全く気づいてないみたいだ。  そして、サラッと交差点の向こうに行って帰って来てしまった!  まだ歩行者用の信号は青のままだ。 「時間は?」 「二八秒四」  いつの間にか愛氣がストップウォッチを出して計っていた。 「まあ、こんなもんじゃて」  あれだけ動いたのに息ひとつ乱れていない。 「あの、これって……」 「修行じゃよ。体捌(たいさば)きの」 「体捌き……こんなところで……」 「そうじゃ。別に畳の上の道場だけが修行の場ではない」  にしたってよ。今のは……。 「即是道場(そくぜどうじょう)。この世の中にある全てが修行の場所となるのじゃ」 「はあ……」 「直人。口がだらしなくポカンと開いてるわよ」 「あ!」  俺は慌てて口を閉じた。 「さて次はお主らの番じゃ」 「え? 俺たち?」 「当たり前でしょ。おじいちゃんの稽古に来たんじゃないんだから」 「だけど……」  正直、虎蔵じいさんみたいに行けるとはぜんぜん思えない。  てか、あんなの出来るわけないじゃん。 「直人が行かないならアタシ、先行くからね。しっかり時間計ってよね」  そう言って愛氣はストップウォッチを俺に差し出した。  そして愛氣は再び赤から青に変わった交差点に飛び出して行った。
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