第六章 飛翔せしもの

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 クラクションを鳴らしていたウチの一台、白い軽自動車が急にスピードを上げて近づいて来たんだから!  驚き中の運転手を見るとひきつったおばちゃんの顔があった。  多分イライラしたのと、後ろからも(あお)られたのとで、アクセルとブレーキでも踏み間違えたんだろうか。 「ウワッ!」  轢(ひ)かれるっ!  マジヤバいって!!  もうダメかと思ったその時。  不意に目の前が明るくなった。  ついに俺は死んで天国に召されたのか……。  目の前から翼の生えた天使も飛んで来たし……。  いや違う。  あれは愛氣だ。  白いカーディガンを風にはためかせながら、人波をかき分けてこっちに……。  正確にはそれも違う。  愛氣が人波をよけてるんじゃなくて、人波のほうが愛氣をよけてるんだ。  愛氣が何かを言ってどいてもらってるわけでもないのに、綺麗に二つに割れて行く人波。  確か聖書を題材にした映画で、海が割れて道が出来るってシーンがあったけど。  まさに人が海の壁のようだ。  その間を飛ぶように駆けて来る愛氣。  それは本当に美しい天使が、真っ白い翼を羽ばたかせて飛翔しているみたいだ。 「直人っ!」  ギュッと俺の右手を掴み、立ち上がらせる愛氣。 「走って!」 「う、うん」  俺は小さな天使に手を引かれたまま走った。  さっきまで前にいた人達も、さすがにもうみんな渡りきっている。  だから俺たちは今度こそ、一氣に駆け抜けることが出来た。 《ブーンッ、ブゥーーン……》  さっきまで俺が居た交差点の中を、車が通り過ぎて行く音が後ろから聞こえている。  この(かん)、ホンの数秒のはずなのに、なんだかとてつもない時間(とき)が流れたように俺には感じられていた……。
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