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すると枝垂れ桜も女の姿も消えて、私は漆黒の闇の中に放り出された。つむじ風の中に無数の花びらが舞う。やがて花びらは炎となった。私は業火に身を焦がしながら、深い深い地獄の底へと堕ちてゆくような気がした。
「君が……紗和が……そうしたいのなら」
喉の奥から絞り出すような声がして、私は我に返り帯を握る手を緩めた。体の下で、石黒が顔を鬱血させて苦悶の表情を浮かべている。その様子を目の当たりにして、全身から一気に力が抜けた。
石黒は苦しそうに顔を歪ませて激しく何度も咳き込んだ。そのたびに首に巻かれた帯がずれて、赤黒い跡が生々しく残っているのが見えた。私は石黒とかろうじて繋がった姿勢のままで、その様子をぼんやりと見つめていた。
そのとき、ふいに私の乳房が固く盛り上がり、尖った乳首の先から白い花びらがこぼれた。
「あ……」
それは花びらではなく、私の乳房からあふれ出た母乳だった。
白く温かい液体は乳房の先からはらはらとこぼれ落ちて、咳き込む石黒の脇腹を濡らしてゆく。私はその白い雫を指先ですくって、声を上げて泣き崩れた。
遠くで風の音がする。
桜吹雪が私たちの上に降り注ぎ、このままふたり桜の木の下に埋もれて朽ち果ててしまえたら。
雨はまだ、止まない。
(了)
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