第一夜 子どもたちが屠殺ごっこをした話

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「―――以上が私の見届けた全てでございます」  白いあごひげを生やした壮年の男がぐるりと円卓を見渡す。  しかし誰からも返事が無い。  証言を終えた彼は、気まずそうに一つ乾いた咳をしておずおずと席に着く。  私は気付くと朝日の差し込む広々とした会議場にいた。  横には魂の抜けた器のように生気の無い少女がうつむいて座っている。  焦燥と困惑の入り混じった議員らしい老人達が目に入り、全員が申し合わせたように深々溜息を着く。 「本物の刃物を使い街中で屠殺ごっととは。いやはや。やっかいな事をしてくれたものですな」  非難めいた視線が円卓の後ろで粗末な木の椅子にちょこんと座った、私の隣に居る少女に向けられる。 「一人の子どもが亡くなっているのだ。死刑にするよりあるまい」 「しかしようやく八つになったところだ。まだ善悪の判断もつかないのですぞ」 「参りましたな。亡くなった娘の親は付近の街でも名の知れた旅芸人の一座。娘を殺めた賊を無罪放免にした事実が広まれば、我が国の悪評があることないこと近隣諸国で囁かれるやもしれません」 「執行人殿。いったいどうすればよいのでしょう。どうか、なにとぞ無知な我々にお力添えを」  議場の端っこ。木製で両開きのドアにもたれかかるようにして深緋色のローブをまとった人物に声がかかる。  深くかぶったフードからちらりと覗くのは端正な顔。朝日を受けて艶めく栗色の髪の毛。なんと見た所、年端もいかぬ私と変わらないほどの少女だった。  冷酷さを浮かべた目がきゅっと細まり、こぢんまりした口元に嗜虐の笑みが浮かべられ高らかに何かを宣言する。 「名誉ある王立議員のご老人諸君。本件は国が始まって以来まれに見る非常に興味深い事件である。今すぐ仕事にかかってもよいが、どうだろう。大長老が帰って来るまで判断を控えるというのは。大長老の判断であれば異議を挟む痴れ者などおるまいからな」 「名案ですな執行人殿! 聞いたな皆の者! 本件は大長老が帰還なさる明後日の昼まで持ち越しとする。では解散」  円卓の議員達は心労が頂点に達していたと見える。ほうほうの体で先を争うように部屋を駆けだしていくからだ。  後には私と被告人の少女。そして執行人殿と称された、鮮血を思わせる全身ローブの三人だけが残された。
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