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澤部が手にしていたテープとテープレコーダー、そして部屋から回収した盗聴器は、まだ執務室のデスクの中にある。
よってこの後行われる家宅捜索で押収、殺害の動機は処女でなかったことを澤部に脅され、その口封じのためだったと断定されるだろう。
でも、本当の動機の証拠となる物━。澤部の部屋から持ってきたもう一つの回収物であるあの黒い手帳は、すでにデスクにはない。
あの女はあの手帳に、本当に正確に記していた。
私が恵理を身ごもった経緯。当時の寮長の自宅で出産した事実。恵理を施設に預け、昨年そこから呼び寄せて学院に入学させたこと。そして私が愛した、恵理の父親の名━。
おそらく私のスキャンダルを見つけようと、当時の関係者を片っ端から当たって調べ上げたのだろう。あの女、宗教者などより探偵になった方が良かったのではないか……。
でも調査内容、事実が綴られたあの手帳は昨晩、蚊蜻蛉が帰った後、焼却炉で燃やした。
これで本当の動機が明らかになることはない。永遠に……。
ここでふと、シスターは我に返る。そういえばあれから、もう30分ほど経つ。
用事があるからと言って車を離れた蚊蜻蛉が、まだ戻って来ない……。
すると一人、スーツ姿の男が来て、コンコンと車の窓を指で叩いた。
見ると蚊蜻蛉が乗り出してくる前、関係者に事情聴取をしていた刑事だ。名前はたしか小林。シスターは窓を開ける━。
「何をされてるんですか?」
小林が尋ねてきた。
「何って、蚊蜻蛉さんにここで待つように言われて、待っているんですが……」
「え? 誰ですか?」
「ですから蚊蜻蛉さんに言われて━」
小林は怪訝な表情を浮かべた。
「カトンボ?? 誰ですか、それは」
イラッとしたシスターは、思わず声を荒げる。
「刑事の蚊蜻蛉さんですよ! あなたの上司でしょう? 虫のカにトンボの、蚊蜻蛉警部━」
「刑事?! しかも警部? ウチの県警にカトンボなんて人間、いませんけど」
え……?
「だって私、逮捕されたんですよ? 蚊蜻蛉さんに━」
「逮捕って……、どうして?」
小林は目を丸くする。
「澤部俊子を、殺したからですよ」
「殺した?! あなたが?」
「え、ええ。そうですけど……」
「だって澤部さんは、自殺だったんでしょ?」
小林は素っ頓狂な声を上げた。
ちょっとホントに、どういうコト?
蚊蜻蛉は、警察の人間ではなかった……?
ではあの男は、一体何者━?
その時である。
制服の巡査が、血相を変えて駆け込んできた━。
「小林主任、大変です!!」
「どうした?」
「先ほど生徒の棟から叫び声が聞こえたので見に行きましたら、なんと……」
巡査はガクガクと震えている。
「どうした?! 何があった?!」
「ばっ、化け物が……、人喰い化け物が現れて、いま生徒が、片っ端から喰われてます!」
え…………………………………………………
蚊蜻蛉の消息は、ようとして知れない。
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