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1週間後、真実は東京・広尾の美枝子の住むマンションに引っ越した。
美枝子はずっとここで、独り暮らしをしてきたという。芸能界の大御所の家に居がちな、住み込みの付け人やお手伝いさんというのは、一度も持った事がない。
掃除、炊事、洗濯など、家の事はすべて、テキパキと自分でこなす。そして美枝子の作る料理は、味も見た目も絶品であった。
真実は思った。これは、店を出せるー。
「そうね、おばあちゃんになって女優を続けられなくなったら、やってみようかしら」
美枝子は微笑む。
「でもわたくしは、死ぬまで女優よ」
プライベートでも美枝子は、背筋をピンと伸ばし、気を抜く事がない。常に『澤村美枝子』だった。
「男性の役者さんの格言で、『女遊びも芸の肥やし』って、よくいうでしょう」
美枝子は、真実に語るー。
「男の俳優には遊び、つまりプライベートはあるの。でも女優に、これに当てはまるような言葉はない。だから、わたくしたち女優には、プライベートはないのよ。女優は、常に女優ー。役を演じていない時も、自分という役を演じていなければならないの」
「じゃあ美枝子さんにとっては、恋愛も女優・澤村美枝子としての演技の対象、って事ですか?」
真実は興味津々、といった表情だー。
「あなた、可愛い顔して、ずいぶん鋭い事聞くわね…」
美枝子は、驚きの表情で真実を見つめる。そして、微笑んだ。
「その通りよ」
「聞きたいなあ、美枝子さんの恋バナ」
真実も、やはり女子中学生である。
「それはまた、追々話すことにしましょう。さあ、明日も撮影よ。早く寝ましょう」
大きなキングサイズのベッドで、2人は身を寄せあって眠った。
それは幸せな、何物にも代えがたい幸せな時間だった…。
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