1999年(平成11年)10月

13/23
前へ
/1815ページ
次へ
確かに話の終盤に、美枝子演じる母親が、追ってきた新聞記者役の若手俳優・鮫島健斗を誘惑し、体の関係を持つ、という事が台本には書かれている。 しかし、それは鮫島がセリフの中で、恋人役の主演・神崎麗奈に問い詰められ白状する、というもので、実際に映像を撮る予定はなかった。 それを黒岩が、撮ると言い出したのである。しかも映倫(えいりん)コードぎりぎりの、濃厚で詳細なベッドシーンとしてー。 黒岩は美枝子に、こう説明したー。 「この映画のテーマは、『悲しき女の(さが)』なんだ。やはりこのシーンは、しっかり撮らなくちゃいかん、と思い直したんだよ。それにここまで撮ってみて思ったんだが、やはり全体的に地味だ。重厚な作品ではあるが、客が入るかって言ったら、恐らく入らんだろう。興行的に、どうしても目玉になるシーンがほしい」 そして、こう懇願した。 「大女優・澤村美枝子が脱いだとなれば、大きな話題となる。しかも今売り出し中の鮫島健斗との濡れ場となれば、尚更だー。どうだろう、美枝ちゃん。凋落の一途をたどる日本映画再興のため、ここは文字どおり一肌、脱いでくれないかー」 「で、美枝子さん、なんて答えたんですか…?」 真実は、恐る恐る聞いた。体の震えが止まらないー。 「もちろん、お受けしたわよ。こんなおばあちゃんでよろしければ、ってー」 「おばあちゃんなんかじゃ、ありません!」 真実の瞳から、涙が溢れる。 「美枝子さんはキレイです。主役の神崎さんなんかより全然、若くてキレイ…。あの監督、自分が美枝子さんの裸を見たくなったから、急にそんな事言い出したんです!あのエロジジイ、許さないー」 「真実さん、そんな事言ってはいけません」 「美枝子さん、こんな話、断ってください。お願いだから…」 真実は、泣き崩れた。
/1815ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1217人が本棚に入れています
本棚に追加