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大晦日の夜である。
厚手のダウンジャケットを着込んで、麻実は凍るような寒さの中庭に出た。弾む息が白い。
緑色の芝生と木々があり、野球場のグランドくらいの広さであるが、照明はない。ただし社屋から照らされる灯りがあるため、真っ暗、というわけでもなかった。
ベンチや芝生に人の姿は見えない。となるとその先の、あの林の中━?
「かなえ━━━っ!いるの?!」
大声を出したが、あわてて止めた。
生放送の出番直前に芸人がいなくなり、相方が探しているなどということが局内に知れ渡ったら、終わりだ。
麻実はスマホを取り出し、かなえの番号を鳴らしながら、木々の間に入ってゆく。
ホントに、どこに行ったのよ……。
まさか、決勝本番のプレッシャーに押し潰されて、局から逃げ出した…?
いや、体に似合わず繊細で臆病だが、かなえはそんな責任感のない子ではない。
そしてファーストラウンドでは、セリフが頭から飛んだ自分を、咄嗟のアドリブで救ってくれた。
ただでさえ一人欠けていて窮地に追い込まれているチームを、体を張って守ってくれたのだ。
麻実の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
かなえ、帰ってきて……。
そんな麻実の意識の中に、微かな音が入ってきた。
さらに耳を澄ますと、それはメロディになっている。軽快なリズムで、しかも聞き覚えのある━。
その電子音が、麻実の頭の中で、一つの記憶と繋がった。
これは、かなえのスマホの着信音━!
音のする方へ、麻実は猛然と駆け出す。すると━。
見慣れたピンク色のケースに収まったかなえのスマートフォンが、地面でメロディを奏でていた。
誰もいない闇の中、青白い光を弱々しく放ちながら……。
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