1999年(平成11年)10月

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そして遂に、この映画『禁断の真実(しんじつ)』の、クランクアップの日が来た。 最後のシーンの撮影はロケで、日本海側の、とある断崖絶壁で行われる。 逃亡生活の末、美枝子演じる母が、娘の真実(まみ)と神崎麗奈演じる女性新聞記者の目の前で、すべての真実(しんじつ)を告白し、海に身を投じる。母が飛び降りた断崖に娘も立ち、絶叫する。その真実の顔のアップで、すべての撮影は終了となるー。 このシーンを大々的に宣伝するため、マスコミ各社が招かれた。映画誌の記者や芸能レポーターの他、告知番組収録のため、テレビ局も来ている。 リハーサルを終えて、いよいよ本番。ストーリーの順序どおり、まずは美枝子が身を投げるまでの場面を撮る。 本当に、足がすくむような断崖絶壁である。真下には、荒れ狂う日本海。実際にも自殺の名所、などと呼ばれている場所だ。 そこに美枝子は立ち、長いセリフを伴うシーンを、情感たっぷりに演じるー。 そして、最後のセリフ。 「ごめんなさいね…。さようなら」 もちろん、身は投げない。美枝子の出演シーンは、これですべて終了となった。 拍手の中、スタッフから美枝子に花束が手渡されるー。 「ありがとうございます。皆さん、本当にありがとうございました」 厳しい黒岩監督をして、全編通じて美枝子のNGはなんとゼロ。自分の年齢より20歳も若い役を、何の違和感も感じさせずに演じきった。 大女優・澤村美枝子の健在ぶりを知らしめる、まさに圧巻の演技であった。助演女優賞と名のつく映画賞を、総なめにするであろう。 そして遂に、この映画全編を通しての、最終シーンの撮影の時が来た。 かつて天才と呼ばれたものの、子役としての賞味期限が切れ、芸能界から姿を消していた朝井真実が、この映画のトリを務めるー。 「しっかりやってくるのよ。頑張ってー」 美枝子の言葉に頷いて、真実は断崖に向かう。 思いもよらぬ美枝子からの推薦で、この映画に大抜擢されて約1年。今では美枝子に高校に通わせてもらいながら、この役と向き合ってきた。 これからも、映画の世界で生きていきたい。そしていつか、自分も美枝子のような映画女優にー。 「用意…、スタート!」 黒岩の合図で、真実は演技を始める。まずは母が飛び降りた海原を、上から覗きこむ芝居だ。と、その時ー。 絶壁にへばり付く巨大なハゲ頭の男と、真実は目が合ったー。
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