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「……それで?」
「その様子を盗聴して、録音していた澤部が、聴かせに来たんです。夜中の2時、わたくしの部屋に━」
「ほう」
「もうご存知と思いますが、当学院規則第一条は、『汝、姦淫することなかれ』です。生徒、教職員、いかなる者も男性とセックスをすることは許されません。処女のままイエスを産んだ聖母・マリアに殉じる、という思想です。しかし、処女だけを喰らう化け物に恵理だけが喰べられて、一緒にいたわたくしは喰べられなかった……。澤部はそのことを、脅迫してきたんです」
「なるほど、それでか……」
思案顔だった蚊蜻蛉が、納得した、といった表情で言った。そして尋ねる━。
「で、実際のところ、どうだったんですか? 貴女には男性経験があったんですか?」
シスターは俯く。
「申し上げたくありません……」
小さく、か細い声で言った。
「まあいいでしょう。しかし本当にそれだけですか?」
「……?」
シスターは顔を上げ、蚊蜻蛉を見つめる━。
「いえね、たしかに動機としては筋が通っている。貴女にとっては、絶対に人に知られたくないことでしょうからね。しかしそんな理由のためだけに貴女が殺人を犯したとは、アタシにはどうしても思えんのですよ……。貴女は自己保身で人を殺すような人じゃあない」
フッと笑い、シスターは言った。
「それは買いかぶりですわ。わたくし、人からは冷静な人間と言われていますが、本当はカッとなったら何をするか分からない、直情型の性格なのよ」
「そうですか……。わかりました。では、貴女を逮捕します。署までご同行願います」
「はい」
「外に車を待たせています。参りましょう」
蚊蜻蛉は独居房の扉を開ける。
「え、手錠は掛けないの?」
シスターも、刑事ドラマを見たことはある。
「必要ないでしょう。それにアタシ、持ってないんです」
「え?」
「昔から手錠も拳銃も、持たない主義でしてね」
蚊蜻蛉は頭を掻く。
「まあ、貴方らしい。名刑事にはそんなもの、必要ないということね」
シスターは思わず微笑んだ。
「からかわんで下さいよ。さあ、参りましょう」
二人は房を出て、地上に向かう━。
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