1987年(昭和62年)7月

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温子の体は、海原に消えた。 「これで健司は、アタシだけのもの…」 智恵子の計画は、2回目の噂が流れた時、始まった。 智恵子は仲間を2度、海水浴に誘っている。1度目は彼女自身が最初の噂を流した直後。この時は東條も呼んで、彼と自分の親密さを仲間にアピールする狙いだったのだが、頓挫した。東條の「浮気」が発覚したからである。 そしてその「浮気」相手が2回目の噂を流した時、智恵子は計画を思いつき、実行を決意したのであった。 東條は呼ばずに、自分たちの関係修復という名目で仲間を自宅前の海水浴場に誘い出した智恵子は、家の者には「みんなで温子の家に泊まる」と偽り、夜の海で仲間とゴムボート遊びに興じる。 漁師の娘で海育ちの智恵子は、この時間帯のこの海域に発生する離岸流を知っている。思った通り、全員を乗せたゴムボートは、急激に沖に流された。 そして流れ着く先は、岸から約30㎞離れたあの島である事も、地元の人間にとっては常識であった。 さらにこの季節、4、5年に一度の周期で、どういう訳かあの化け物が島周辺の海域に出没する事も、地元の漁師の間ではよく知られた話であった。 そして今年は化け物が現れていて、7月に入ってから島周辺で何度も目撃されている事を、智恵子は父や兄から聞いていた。 つまり島に行けば、少女たちが化け物に遭遇する事は、言わば必然だったのである。 目的を果たした智恵子は、乗ってきたゴムボートで海岸へ帰る。この時間帯の海流は、沖から岸へ向かうものだ。寝ていても夕方には、海水浴場へ戻る事が出来るだろう。 戻ったら、こう泣き叫べばいい。島に流されて化け物に襲われた、仲間はみんな喰われて自分は命からがら逃げてきた、とー。 島を出て2時間ほど過ぎた頃、智恵子はゴムボートの近くを、化け物が泳いでいる事に気付いた。 一瞬ヒヤリとするが、自分が襲われる事はない。しかし、このあと化け物は思いも寄らぬ行動に出る。 どういう気まぐれか、ゴムボートの舳先(へさき)と船尾の二ヶ所をガブリと喰いちぎって、悠然と波間に消えていったのである。 「え、え、ちょっと…、なに?」 絶海のど真ん中で、喰いちぎられた箇所から空気が抜け、浸水してくる。ボートはゆっくりと沈んでいく…。 日曜の朝で、漁に出ている船など、一隻もない。助けは、来ないー。 「いやぁぁぁぁぁぁ…」 化け物の消息は、ようとして知れない。
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