1958年(昭和33年)6月

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あの一家は、平家の落人(おちうど)ー。 村人の間に、そんな噂がまことしやかに流れた。 貧農の姿に身をやつしても、高貴な血筋は隠せるものではない。おそらく、間違いない…。 平家の者を(かくま)えば、村全体に重い処罰が与えられる。村人全員、打ち首という事になるだろう。 逆に殺してその首を役人に届け出れば、多大な恩賞にありつける。 村人たちは相談の上、一家を皆殺しにする事とした。 そして祭りの晩、その恐ろしい計画は実行される。 寺の境内で宴が開かれた。酒が振る舞われ、多くの者が、(くだん)の一家の(あるじ)に酌をする。 村人たちの厚意に主は何の疑いも持たず、勧められるままに飲んだ。そして気持ちよく酩酊してきた頃ー。 突如村人たちは主に襲いかかり、無数の竹槍を突き刺した。 不意を突かれ、主は何の抵抗も出来ず、その場に倒れた。口から大量の血を吹き出して…。 村人たちはその足で、妻と子のいる家に向かう。 まずは玄関先に出てきた妻の頭に(かま)を突き立て、殺害。 そのまま中に踏み込み、果敢に立ち向かってきた年端もゆかぬ息子を、(くわ)(すき)をもって数名で殴り殺す。 残るは16才になる、美しい娘ー。 逃げまどう娘を捕まえる。計画通り、すぐには殺さない。 村人たちは代わる代わる、娘を犯し始める。 そして、最後の男が射精して果てると、首を絞めて殺害した。 その時である。 真っ暗な玄関先に、誰かが立っていた。 血にまみれ、体中に無数の竹槍を突き立てたままの、この家の主であった。 まだ絶命しておらず、家族を守るため、寺から執念でたどり着いたのであろう。 しかしそれもむなしく、妻子はすでに殺されていた。娘に至っては、男たちの慰みものにまでされて…。 (まげ)が切れ、ザンバラとなった姿は、まさに落武者である。 口から血を流し、幽霊のような顔で、言ったー。 「おのれら、よくも…。(たた)ってやる…。末代まで、祟ってやるぞ…!」 村人たちは、恐怖におののく。しかしー。 「やっ、やかましいーッ!」 一人の男が、(おの)でザンバラ頭を叩き割った。 こうして村人は、この一家を皆殺しにした。 思った通り、一家の主は(たいらの)七十郎(しちじゅうろう)清長(きよなが)という平家一門の武士で、村人たちは莫大な恩賞を手にしたのである。
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