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その時である。
「あっ…、あぁ…」
美佐子は抵抗をやめ、泣き濡れた顔に一瞬、恍惚の表情を浮かべた。
この瞬間を待っていたかのように、化け物はさらに大口を開け、鎌首を持ち上げて一気に美佐子の全身を飲み込んだ。
化け物の胴体が、ゆっくりと膨れ上がっていく。
「ひぃぃーっ」
父親が悲鳴を上げた。母親はすでに意識を失っている。
化け物は、両親には目もくれず、悠然と絨毯を這い、窓から出て行った。
父親の通報により警察や自衛隊が出動して化け物の捕獲・射殺を試みたが、その行方はまったく掴めない。
この事件、当然の事ながら連日マスコミを賑わせ、列島を震撼させた。
あの化け物、一体何ものなのか。
人々は、実は知っていた。化け物が何ものかをではなく、あの化け物の習性を。それは、古(いにしえ)からの伝承であり、人々は子々孫々に渡って化け物とかかわってきた。
太古の昔より、あの化け物は人間を喰う。人間といっても、男を喰った事は一度もない。喰うのは女だけで、しかも、処女しか喰わない。
だが、幼女には見向きもしない。すでに生理現象、つまり月のものが始まっていて、なおかつ男と交わった経験のない女ばかりを喰らうのだ。
犠牲者は頭からではなく、必ず脚から喰われる。そして最期の瞬間、誰もが恍惚の表情を浮かべるという。あの美佐子のように。
その時、女たちの身に何が起きているのか、知る術はない。
化け物の消息は、ようとして知れない。
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