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「お母様ー!」
今の爆音に驚き、寝室に紘子が飛び込んできた。私立のお嬢様学校に通う、女学生である。
そこで、16才の娘が見たものはー。
母と見知らぬ男が、ベッドでそそくさと服を身に着けている姿であった。
「え…、誰?」
娘は茫然と、その場に立ち尽くす。
母がこの男と事に及んでいたのは、まだそうした経験のない紘子の目から見ても、明らかであった…。
慌てふためく定吉を尻目に、貴子は落ち着き払っている。見られた以上、今さらジタバタしても無駄ー。
「紘子さん、説明するから、そこにお掛けなさい」
パジャマ姿の娘に、妖艶なネグリジェを身に着けた母が近寄る。
「イヤ、来ないで…。お母様、不潔よ!お父様のご留守に、そんな男とー」
紘子は母をキッと睨み付ける。
そして泣きながら、寝室を飛び出して行った。自分の部屋に戻ったのだろう。
「おい、どうするんだ…?」
恐る恐る、定吉が尋ねる。亭主の耳に入ったら、大変だ…。
「フン、大丈夫よ。夫に言いつけるような度胸、あの娘にはないわ」
そう言って貴子は、夫には内緒の煙草に火を点けるー。
「それより、困ったのは空襲の方だわ…。あれきり、近くには爆弾は落とされていないみたいだけど」
耳を澄ますと、遠くに爆音が聞こえる。事実この時、墨田区や江東区といった人口が密集している下町は、すでに火の海だったのである。
貴子はカーテンの隙間から、上空を眺めた。東の空が、赤く染まっているー。
「この辺りには敵の飛行機は、もういないみたいね…」
そこでふと、庭先に視線を落とす。するとー。
何やら黒く大きな物体が、のそのそと芝生の上を動き回っている…。
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