1923年(大正12年)9月

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「ねえ、あれ何かしら…」 貴子に手招きされ、定吉も下を覗き込む。するとー。 「あ、ありゃあ化け物じゃ!」 腰を抜かさんばかりの勢いで、定吉は叫んだ。 「化け物…!」 貴子の顔色が変わる。 巨大なハゲ頭に人間の男の顔、首から下は鱗に覆われた大蛇。処女を喰らう人喰い化け物が、ついに貴子の前に現れたー。 思えば震災の折、貴子は「化け物が出た」という定吉の流したデマに騙され、体を許した。 あれから20年、言わば現在の二人の関係は、この化け物なしには語れない。 あの時はデマだったが、今は正真正銘、そのおぞましき姿を見せている。しかも、貴子の屋敷の庭先に…。 その時、化け物がこちらを見た。貴子と目が合い、ニヤリと笑う。 貴子はカーテンを閉めた。 「ねえ、アイツは処女しか喰わないって、本当?」 定吉に尋ねる。この男は子供の頃、化け物を見た事があると言っていた。 「本当じゃ。ワシの村は、若い娘はみんな喰われた…」 定吉はワナワナと震えている。 「となると襲われても、私とアンタは大丈夫ね。問題はー」 貴子がここまで言った時である。 ドーンという轟音とともに、屋敷が揺れた。 爆撃かー? そうではなかった。 何と化け物が屋敷の玄関の扉に、体当たりをしていたのである。何度も、何度も…。 おそらく紘子の、処女の匂いを感じとり、侵入を試みているのだ。 それにしても、何という執念か…。 「お母様…」 先ほど出て行った紘子が、寝室の前にいるようだ。 一人で自分の部屋にいるのは恐ろしく、かと言って母の愛人がいる寝室に入る事もできずに、うろたえていたー。
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